なぜならオレやオレたちの仲間はその言葉を頭の中に思い浮かべた時には!
実際に会計を済ませて、もうすでに買ってしまってるからだッ!
だから使った事がねェーッ!
『買う』と心の中で思ったならッ!
その時スデに行動は終わっているんだッ!
『買った』とか『届いた』なら使ってもいいッ!
インファイトの女の子ってのはあれだ、物理的、精神的共に妙に距離が近い女の子。ふつー、出会ってばっかりのときはある程度距離をとる。闘う意思があっても、ジャブを放ちつつ距離を測る。そこで手応えがあってはじめて踏み込むもんだ。これが、生来のインファイターとなると、そんなまどろっこしい事はしない。こちらのジャブを華麗にかわして(いや、かわしてすらいないかもしれない)、ボディーブロー一閃、こちらがくらっときたら、ストレート。これで試合終了。
最初のポイントはためぐち。出会って3分でためぐち。こっちはまだ丁寧語でしゃべってるのに、そんなこと気にしない。しかもあだ名までつけてくる。そのあだ名が果てしなく安易。イージーすぎるよそれは、つってもぜんぜん聞かない。そして、立ち位置が近い。パーソナルスペースって知ってる?つか、パーソナルスペースある?ってくらい近い。もう無理、近すぎるよそれ、っていうところからさらに一歩踏み込んだ位置に立つ。もうこうなったら相手の為すがまま。もうどうしようもない。さりげなく距離をとろうとしても、すっと詰めてくる。じゃあ、こっちから距離を詰めたらどうなるんだろうと思ったら相手の思うつぼ。今度はどうもしない。近いというか接触してる。ゼロ距離射撃。そして、こちらが距離を詰めたという既成事実。
こうなったら選択肢は二つくらいしかない。棒立ちのままフィニッシュブローで倒されるか、向かっていってクロスカウンター。どっちにしろ負け確定。まあそれも悪くない。
もちろん今では、その時彼女に向ってどんな風に話しかけるべきであったのか、僕にはちゃんとわかっている。しかし何にしても あまりに長い科白だから、きっと上手くはしゃべれなかったに違いない。このように、僕が思いつくことはいつも実用的ではないのだ 。とにかくその科白は「昔々」で始まり「悲しい話だと思いませんか」で終わる。
昔々、あるところに少年と少女がいた。少年は十八歳で、少女 は十六歳だった。たいしてハンサムな少年でもないし、たいして綺 麗な少女でもない。どこにでもいる孤独で平凡な少年と少女だ。で も彼らは。この世の中のどこかには100パーセント自分にぴったりの 少女と少年がいるに違いないと固く信じている。ある日二人は街角でばったりとめぐり会うことになる。「驚いたな、僕はずっと君を捜していたんだよ。信じてくれないかもしれないけれど、君は僕にとって100パーセントの女の子なんだよ」と少年は少女に言う。少女は少年に言う。「あなたこそ私にとって100パーセントの男の子なのよ。何から何まで私の想像していたとおり。まるで夢みたいだわ」 二人は公園のベンチに座り、いつまでも飽きることなく語りつづける。二人はもう孤独ではない。100パーセント相手を求め、100パーセント相手から求められるということは、なんて素晴らしいことなのだろう。しかし二人の心をわずかな、ほんのわずかな疑念が横切る。こんなに簡単に夢が実現してしまって良いのだろうか、と。会話がふと途切れた時、少年がこう言う。「ねえ、もう一度だけ試してみよう。もし僕たち二人が本当に 100パーセントの恋人同士だったとしたら、いつか必ずどこかでまためぐり会えるに違いない。そしてこの次にめぐり会った時に、やはりお互いが100パーセントだったなら、そこですぐに結婚しよう。いいかい?」「いいわ」と少女は言った。そして二人は別れた。しかし本当のことを言えば、試してみる必要なんて何もなかったのだ。彼らは正真正銘の100パーセントの恋人同士だったのだから。そしておきまりの運命の波が二人を翻弄することになる。ある年の冬、二人はその年に流行った悪性のインフルエンザにかかり、何週間も生死の境をさまよった末に、昔の記憶をすっかり失くしてしまったのだ。彼らが目覚めた時、彼らの頭の中は少年時 代のD・H・ロレンスの貯金箱のように空っぽだった。しかし二人は賢明で我慢強い少年と少女であったから、努力に努力をかさね、再び新しい知識や感情を身につけ、立派に社会に復帰することができた。彼らはちゃんと地下鉄を乗り換えたり、郵便局で速達を出したりできるようにもなった。そして75パーセントの恋愛や、85パーセントの恋愛を経験したりもした。 そのように少年は三十二歳になり、少女は三十歳になった。時は驚くべき速度で過ぎ去っていった。そして四月のある晴れた朝、少年はモーニング・サービスのコーヒーを飲むために原宿の裏通りを西から東へと向い、少女は速達用の切手を買うために同じ通りを東から西へと向う。二人は通りのまんなかですれ違う。失われた記憶の微かな光が二人の心を一瞬照らし出す。彼女は僕にとっての100パーセントの女の子なんだ。彼は私にとっての100パーセントの男の子だわ。しかし彼らの記憶の光は余りにも弱く、彼らのことばは十四年前ほど澄んではいない。二人はことばもなくすれ違い、そのまま人混みの中へと消えてしまう。悲しい話だと思いませんか。
僕は彼女にそんな風に切り出してみるべきであったのだ。
禁断の全文抜粋